耐震住宅100%とは

第3回「耐震住宅100%全国大会」~教訓から学んで活動を継続し、さらなる普及と社会貢献を~

「耐震住宅100%」実行委員会が主催する「耐震住宅100% 第3回全国大会」が、防災の日の9月1日に浜離宮朝日ホールで開催された。

熊本地震報告と防災デザインという2つの異なる側面から話された基調講演、また「耐震住宅100%」の昨年度の活動と今後の展開を報告する内容。活動のさらなる普及と発展に向けて、参加した工務店66社・81名と、資材メーカー13社・21名が、相互に刺激し合う会となった。

大会は「次郎長生家を活かす会」の代表をつとめる、株式会社アキヤマ代表取締役社長の秋山浩史氏の挨拶から始まった。「『耐震住宅100%実行委員会』の協力を得られなければ、清水次郎長の生家を耐震化して後世に残すことも、現在進んでいる文化財登録も叶いませんでした。保存運動を通じて、他地域の思いを共有する方々と耐震化をいっそう進めていきたい」と参加者を鼓舞した。

 

 

熊本地震の詳細な分析と今後の業界展望

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基調講演の第一部は、「日経ホームビルダー」編集長の桑原 豊氏によるもの。桑原氏は約24年にわたって住宅・建築分野の専門記者として活躍。今回は特に、4月に発生した熊本地震後に編集部が総力をあげて取り組んできた詳細な調査分析とともに、教訓を生かした家づくりの方法や業界の動向について語っていただいた。

熊本地震の最大の特徴は、最大震度7を観測した地震が2度にわたり繰り返し起こったこと。広いエリアで震度6強を超える余震が相次いで起こったために、8万戸を超える住宅が被害にあった。桑原氏は、各地域での被害状況を写真とともに紹介。データをまとめて分析すると、熊本地震の被害は阪神・淡路大震災を上回り、また新耐震基準以降改正されたいわゆる「2000年基準」の住宅にも倒壊被害が続出していることから、妥当性を検証することとなった。

倒壊に至らせた要因の注目点として桑原氏が一つ目に挙げたのは、震度7の地震が連続したこと。ヒアリング調査も合わせると、前震では持ちこたえたものの本震で倒れた住宅が相当数あることが判明した。桑原氏は耐震等級2のサンプル住宅で、建築研究所・国土技術政策総合研究所の倒壊解析ソフト「ウォールスタット」でシミュレーションした結果を動画で紹介。熊本県益城町で観測された前震のみであれば倒壊しなくとも、続けて本震で揺らされると倒壊する様子が示された。

それでは、「震度7でも住める家」とするためにはどのような対策をすればよいのか。桑原氏は、等級3の壁量を確保したうえで4つの提言をした。1)壁量を余力抜きで等級3の1.39倍以上とすること、2)上下階の耐力壁をつなげて地耐力を伝達する「直下率」を上げること、3)金物を正しく選択し施工精度を上げること、4)筋かいではなく面材で押さえて耐力壁とすること、である。

続いて桑原氏は、2000年に示された告示を踏まえたいわゆる新耐震住宅であっても、施工者が独自に対応しているため、接合部などの精度にバラツキが見られ、被害もさまざまであることを指摘。すでに大手住宅メーカーはいち早く繰り返し地震対応をアピールし、制振装置を標準仕様にする動きもみられているという。

「日経ホームビルダー」では熊本地震を受け、耐震性能に関するアンケート調査を実施。耐震基準を上げるべきかの問いには実務者の6割近く、住まい手の過半数が「そう思う」と答えた。一方で、住まい手の3割以上は「わからない」と答えていることから、「迷っている方々に適切な答えを提供していくことが重要」と桑原氏は指摘した。4号特例の廃止についても同様に、実務者の過半数は廃止すべきと答えたのに対し、住まい手の4割ほどは「わからない」としていることから、専門家の判断が求められていることが読み取れる。これは許容応力度計算の採用についても同様の傾向が見られる。アンケート調査からは工務店が「耐震等級3」や「耐震等級3+制振」を強く意識していることが見て取れ、今後はより耐震化を強化する仕様が主流になる方向が示された。

桑原氏は最後に「耐震化の100%は、住まい手にもつくり手にも、すべての人にとって幸せなこと。私たちメディアは実務者に役立つ情報発信を続けていきます。この全国大会に集っている参加者とともに、耐震住宅100%を実現しましょう」と呼びかけた。

 

 

継続する活動が社会的な影響力をもつ

続いての基調講演は、ノザイナー代表の太刀川 瑛弼(たちかわ・えいすけ)氏によるもの。幅広いジャンルでデザイナーとして活躍する太刀川氏は、東日本大震災発生直後から、災害時に有効な知識を集めて共有するサイト「オリーブ」を発起。後の「東京防災」プロジェクトにもつながった。最初は小さな活動がどのように人を巻き込み、大きな運動へと発展させることができたのか。今回は「デザインを通じて社会が向かうべき仕組みづくりと、活動の広げ方」というテーマで語っていただいた。

冒頭に「デザインとは何か?」という問いを聴衆に投げかけた太刀川氏。ラテン語で「記号に記す」という意の言葉から転じて、形にすることを意味すると説明。しかし太刀川氏は形にする前の、目に見えない部分でもつくることがあることを実務から体験したという。そうした活動の事例として、東日本大震災以降の「オリーブ」の歩みを詳しく紹介していった。

震災後すぐの状況ではデザイナーができることがごく限られている、と感じた太刀川氏は、ツイッターで身近にあるものを使った災害時の対処方法を連投。反応が大きかったことから情報の共有サイトを立ち上げる。数多くの知識が集約され、本としてまとめられるまでになった。時間が経つにつれて徐々に必要とされることが変わり、プロジェクトの意義は収束に向かうかにみえた。

ところが、太刀川氏は宮城県石巻市雄勝に入り、鹿の角を利用したアクセサリーブランド「OCICA」を立ち上げていたこともあって、新たな防災産業を東北から考えることになる。「地震や台風などの被害は、間違いなく急激に増えています。天変地異が日常になる時代に、備えておくのは当然のこと。防災産業の周辺での事業創造は、ひとつのムーブメントになるはず」と太刀川氏。「オリーブ」の本は、東京都民の全世帯に配られた『東京防災』という本にまで発展した。そして太刀川氏は企業とコラボレーションし、住宅に常備する防災キットやオフグリットの小規模な災害拠点を開発するなど、さらに活動を広げている。

最初はツイッターのつぶやきから始まった活動は、いつしか一大防災プロジェクトに発展した。いかにもサクセスストーリーに聞こえるかもしれないが、途中で1年ほど停滞するなどたやすくなかったという。「一発で変わるほど甘くはありません。大きな動きをつくるには、小さな提示を何度も続けていくことが大切です」と太刀川氏は力を込める。「耐震住宅100%の運動も、参加者が語ることをやめず、小さな衝撃を与え続けると絶対に変わっていくはず。皆様の耐震活動を応援しています」とエールを送った。

 

 

「耐震住宅100%」法人化と活動の身近な展開

耐震住宅100%実行委員長の田鎖郁男(エヌ・シーエヌ代表取締役社長)からは、昨年度の「耐震住宅100%」の活動報告がなされた。Facebookで「耐震住宅100%」の活動を伝える取り組み以外に、「あなたの残したい建物」耐震化を実施するコンテストを開催。また、特別ラジオ番組を@FM(FM AICHI)、TOKYO FM 、FM OSAKAにて放送した。そして、構造の専門家や施主らへのインタビューを中心とする「耐震住宅100%」ムービーを制作・公開した。

しかし、活動の広がりに停滞感があることを指摘。阻害要因の1つ目に計画が一方的でメンバーが自分事に感じられないこと、2つ目に収支報告を含む活動内容に不透明感があったことを挙げた。これらの要因を排除するため、実行委員会を一般社団法人として法人化することを提案。会計報告を透明化し、事務局は委員の活動のサポートに専念する案を発表した。「1社ではできないことでも、実行委員会であればできることは多い。多くの企業や人を巻き込み、人脈や知恵を集結しましょう。そうして耐震化において住宅業界全体のリーダーシップをとる団体になり、地域の人からも頼られる存在になりましょう」と呼びかけた。

実行委員事務局として、エヌ・シー・エヌ経営企画室室長の松延隆行から詳細な活動報告と収支説明がなされた。特に「あなたの残したい建物コンテスト」で大賞を受賞した「清水の次郎長生家」については、改修工事の進捗状況と、「JAPANGIVING」での寄付状況が報告された。文化財の登録が重なったために着工が遅延しているものの、2016年10月着工、2017年3月の完成を目指している。

続いて次年度への活動テーマ 「まちかどレジリエンス」が、エヌ・シー・エヌ企画推進室の安藤幸子より発表される。日常的に話題になりにくく、伝えにくいテーマである「耐震」をより普及させることを目的として、「レジリエンス」をテーマに据え、地域での耐震活動を強化させるためのプランが発表された。1つは、一般にも身近でユーモラスなキャラクターとして「こぶたブラザーズ」を展開すること。2つ目に、セミナーやワークショップを開催するなどして、専門家の知見を取り込む人的ネットワークを構築すること。3つ目に、耐震ポータルサイトを開設し活動をメディア化すること。会員がすぐにできることとして、Facebook企画への継続的な参加や、地域に合わせた「耐震100%」のリーフレットの活用を促した。

終盤、実行委員会の特別顧問の金谷年展氏より感想を急遽いただくことに。「レジリエンスの認証制度は4月からスタートしましたが、皆さんの活動が防災の1丁目1番地です。これからいよいよ地域での活動を強化していくということで、発展を祈念しています」とした。

最後に閉会挨拶として、フクダ・ロングライフデザイン株式会社 代表取締役社長 福田 明伸氏が登壇。「大地震の記憶や関心は徐々に薄れても、地震からは逃れられない。工務店にできることは、耐震化に寄与すること。災害に強いまちづくりは、1軒1軒の家づくりから。1社ができることは小さくても、水面の波紋のように広がると信じています。できることから愚直に継続していきましょう」と締めくくった。

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2016年9月1日 浜離宮朝日ホールにて

Text: Jun Kato

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