地震のココロ構え

自分の暮らす町だからできる、きめこまやかな防災対策。

2016/06/14

野田2175

野田明宏さん

のだ・あきひろ●1980年、愛知県生まれ。一級建築士、防災士。2006年、早稲田大学大学院終了後、株式会社『象地域設計』を経て、13年にLLC『住まい・まちづくりデザインワークス』へ共同代表として参加。『一寺言問を防災のまちにする会』理事、NPO法人『向島学会』理事などを兼務する。


東京・墨田区の向島地区で30年も前から防災まちづくりを進めてきた『一寺言問を防災のまちにする会』。
住民みんなで、地区の特性を生かした防災に取り組む同会の理事で、まちづくりのプロである野田さんに、コミュニティで進める防災、そして次世代へつないでいく活動について伺った。


震災発生時、自分の命や、家族や友人の命を守るには、地区の人との助け合いが欠かせない。学校や職場、町内や商店街……地区の形は様々だが、いずれの場所でも、災害への備えがあり、いざというときにとる行動が共有できているのは、何よりもチカラになる。

30年も前から地域防災の活動をしてきたのが、東京都墨田区向島地区を拠点とする『一寺言問を防災のまちにする会』(一言会)だ。一言会は、1985年に東京都の「防災生活圏モデル事業」に選定され、住民による防災活動として始まった。

「この地区が他と違うのは、町内全体からやる気のある有志を募ったこと。みんなが参加し、みんなで考えることで、この地区ならではの防災意識が生まれていったのです」。2008年、この地区に引っ越したのをきっかけに一言会に参加することになった、LLC『住まい・まちづくりデザインワークス』代表の野田明宏さんは語る。

一言会のある地区は路地が多く、災害時には避難経路の確保が困難だったり、民家が延焼する危険性があったり、さまざまな課題がある。半面、そうした地区だからこその濃密なコミュニティもあり、まちの特性を理解し尽くした住民たちは、自ら防災計画を練ってきたのである。たとえば、雨水利用の貯水設備「路地尊(ろじそん)」の設置や、防災まちづくり瓦版の発行、ふだんは一坪農園として使われる防災小緑地を整備するなどして。

 

地域で培ってきたものを、次世代へとつなぐ。

 

「まずは自分の身を自分で守る、そして一人でできないことは近隣の人と協力する。いざというときの協力関係のためには日常からのつき合いが大切です。これは防災に限らず、地域で人が生きていくために、昔からあったライフスタイルですが」

野田さんの本業は建築家で、様々な地域で「まちづくり」をしてきた。その手法を活用し、住民それぞれの思いに応えるべくヒアリングして、地区のビジョンを計画し、災害に強いまちづくりを行っている。「私が活動に参加したころには、下町特有のコミュニティも希薄になってきたり、設立当初とはまちも変わってきていました。ですから、その現状をみんなで見直すことから始めました」。世代交代やミニ開発などで住民が入れ替わり、地区との関わりが失われてきたことを踏まえ、阪神・淡路大震災後各地で行われてきた、子どもたちが遊びの延長で防災知識を身につけられる「イザ!カエルキャラバン!」を、2009年より毎年開催。地区内の教育や福祉、建築など様々な分野で協力体制をつくり、毎回300人以上の子どもで賑わう“祭り”として定着している。

「これからは、新しく参加した人がメインとなり活動をしていくことになります。新しいまちのかたちを模索しながら、『一言会』が培った自主防災の文化を次世代へとつないでいきたい」

まちの風景、暮らしを生かし、みんなで考える防災は、多くの地域の手本となることだろう。

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