地震のココロ構え

僕の中では、 “防災”が日常化している。

2016/06/14

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町井則雄さん

まちい・のりお●1968年生まれ。日本財団に入会。阪神・淡路大震災発生直後から被災地に入り、災害ボランティアの支援を担当。「日本財団公益コミュニティーサイト『CANPAN(カンパン)』」の企画・開発や、企業のCSR活動を一覧化したデータベースサイト「CANPANCSR プラス」の開発を行う。現在は企業が取り組むCSRをサポートするための業務を中心的に行っている。


地震大国ともいわれる日本。 その時に備えて、いま何をすべきか?

過去の大震災に学び、それを未来に どう生かしていけばよいか? ソーシャルリーダーに、 その「ココロ構え」を聞いていきます。


災害支援を行う人々を支援する。それが日本財団の町井則雄さんの重要な仕事の一つだ。
きっかけは、1995年に発生した阪神・淡路大震災への現地視察。「発生から数日後、三宮から歩いて被災地に入りました。
正直なところ当時は、『自分一人で何ができるのか』『被災者の人たちすべてを救うことなんてできない』、そんな疑問と悩みがありましたが、とにかく『この目で見よう』と向かったのです」。
そこで被害の大きさを目にするとともに、自衛隊員やボランティアの人々の懸命な活動にも触れることになる。
「そうした活動を目の当たりにし、『どうしたら、これらの活動を仕組みとしてバックアップできるだろう』と考えはじめました。
そして自分の立場からすべきは、彼らの活動に必要な支援を行うことだ、と進むべき道が見えたのです」。
そして3年前の東日本大震災。このとき町井さんは、すぐに現地へは行かずに、後方支援に徹することを決める。
「発生直後、『これは、我々が協力し合い全力で活動しなければ』と各NPOと確認し合い、お金や物資の心配はせず、安心して活動してきてほしい……と送り出しました」。
その日のうちに支援基金を立ち上げるなど、町井さんの行動は非常に素早かった。
記憶をつなぎ、残し、 防災意識へとつなげる。 「僕自身は、神戸からの16年間があったからこそ、この時すべきことが明確にわかった。
被災地のボランティアへの参加者は、神戸では学生が中心でしたが、東北では社会人が圧倒的に増えました。
その人たちの現場の記憶は、今後の防災意識を大きく変えていくはずです」
経験を重ね記憶をつなぐことは、「災害への備え」として重要だと町井さんはいう。
情報を残し共有することが昔よりも容易な現代は「記憶」のつなぎ方も、さらに洗練されていくだろう。
「過去の災害で得た情報を、出来事として捉えるだけでなく、自分の防災意識へと変えていくこと。
これは、地震への心構えとしてとても重要。僕の場合は今までの経験もあるので、難しいことは何もしていませんが、防災への意識は日常的なものです」と話す町井さんは、神戸の被災地でこんな現場に遭遇した。
「要介護の方のいるお家に、入ったときのことです。そのお宅では、お風呂に水を張ってあったり、防災用具が充実していたりで、不自由はあるものの、ある程度の生活は送れていました。
聞くと、『介護が必要な家族がいると、常に備えは必要なのです』と。日々の心構えと備えは、彼らの生活を守ったのです」 「いずれまた地震は来る」。
だから、つながれていく記憶は、災害への備えの道標なのだ。命、財産、家族、守りたいすべてのもののために、「できること」を考え、日々実践していきたい。

 

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